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株式管理・今からでもできる対策を~売渡請求2~

2016年05月02日

 前回は,相続人に対する株式売渡請求の概要・注意点を説明しました。今回はその続きとして,「制度の落とし穴」について解説します。

 しばしば指摘されるのは,「少数派によるクーデターがあり得るので怖い」という点でしょうか。
 「誰に,何株売るよう請求するか」を決める株主総会では,当の相続人自身は利害関係人に当たるため,議決権を行使できません。相続人以外の株式の多数決で決められてしまいます。

 そうなると,例えば全株式の60%を保有していた株主が亡くなって相続人に渡った場合,クーデターのような場面が起こりえます。
 残り40%を持っている株主が株主総会を招集して,60%株主の相続人に対して「あなたの持っている株式を会社に売り渡しなさい」と決議されてしまうと(この議題においては,60%株主の相続人は議決権を行使できないので,可決されてしまいます),60%株主の相続人は多数派であるにも関わらず,株式を会社に買い取られてしまうのです。そして,40%株主が会社の支配権を獲得する,という事態が生じ得ます。
 つまり,「敵対的な株主から株式を回収しようと思っていたら,逆に自分の株式が取り上げられる事態になってしまった」というわけです。

 もちろん,実際に上記のようなクーデターに至るのは極めてまれだと思います。会社が,多数派の株式を全部買い取れるだけの分配可能利益をため込んでいることはほぼないからです。

 また,分配可能利益の範囲内で,支配株主の株の一部(例:21%)の買い取り請求を仕掛けられると,確かに理論上は支配比率がひっくり返されることはあり得るでしょう。
 ですが,相続人が株式売渡請求をつっぱねれば,最終的に株式の買い取りが決まるのはだいぶ先になります。(裁判所に申立をして,株式の買い取り価格を決めてもらわないといけないため)
 その間に,60%株主の相続人が株主総会を招集して取締役を自分側の人間で固め,会社の代表権を確保した上で「会社としては,相続人に対する売渡請求を撤回します」と宣言すれば,このクーデターは終了します。会社は,相続人に対する株式売渡請求をいつでも撤回できるためです。(会社法176条3項)

 そんなわけで,「売渡請求を悪用したクーデター」というのは,ちゃんと対抗策も用意されており,巷で言われているほど怖いものではありません。ですが,上で紹介したような「急いで株主総会を開いて取締役を刷新して・・・」という騒動を起こすこと自体,会社の信用・評判を落とすことになって大変なマイナスですので,避けられるのであれば避けたいところです。

 ですので,あくまで私見ではありますが,この「売渡請求の制度」は普段は定款に定めず,いざ「敵対的な株主が亡くなり,その相続人も素直に株を渡してくれなさそう」となった場合に初めて定款変更をして,売渡請求をしかけるのがいいのかな,と思います。
 売渡請求自体は,前回ご紹介したように「株主の相続開始を知ったときから1年以内」にやれば間に合います。相続開始後1年以内に定款変更をすることはそれほど難しくないでしょう。
 以上のような方針に対しては,「相続が生じる前から,売渡請求の制度を定めておかないといけないのでは?」「相続開始後に定款変更をして,この制度を使えるの?」という意見もあるようですが,条文上「相続開始時点で定款変更を済ませておかないといけない」とは書かれていません。会社法の条文を素直に読めば「売渡請求をする時点で定款上の定めがあればよい」と解釈できますので,この点でも問題は無いと考えます。(この点については裁判所の明確な判断も欲しいところですが)

 なお,これは「落とし穴」とは違いますが,売渡請求を相続人に仕掛けるという事態では,会社と株式相続人の対立は相当激しくなっています。そういった中で,「(抵抗するであろう相続人株主も含めた)株主総会の招集・開催」「売渡請求の通知」「裁判所に対する価格決定の申し立て」をやるわけですから,一つ手続きを間違えただけで売渡請求は失敗しかねません。できれば,対象株主の相続が発生した時点で弁護士のサポートを受けつつ慎重に手続きを進めていきたいところです。

 相続人に対する株式売渡請求については,以上のような感じです。
 敵対的な株主について,強制力を持って整理しうる重要な手段ですので,条件が揃ったときは活用を検討してみてはいかがでしょうか。

 なお,顧問契約を締結して頂くことで,株式管理について継続的なサポートが受けられるようになります。
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