弁護士・中小企業診断士の谷田が,中小企業の皆さんを法律・経営両面で支援します。

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労災から損害賠償請求へ

2015年08月14日

 中小企業の皆さんにとって,「労災」はとても不吉な言葉です。
 自社の従業員が負傷するのが心情的に残念なことはもちろんですが,それに加えて「労働基準監督署に目をつけられるんじゃないか」とか「企業イメージの低下」「業務遂行力の低下」といったリスクが生じますので,労災は可能な限り回避したいトラブルの一つかと思います。

 ですが,これらのリスク以外に,中小企業の経営者の方々に未だ浸透していない「安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求」というリスクもあります。要するに,従業員が「自分が仕事中に怪我をしたのは会社の管理が成っていなかったからだ。自分の受けた損害を会社が賠償しろ」と請求してくることがあるのです。
 今回は,この「労災がきっかけになる損害賠償請求」についてお話ししようと思います。

 なお,最近は「精神疾患(うつや適応障害)にかかったことを理由とした労災申請」もしばしば問題になりますが,今回のコラムではあくまで
現業系(運送,建設,製造等)の肉体的な怪我を念頭にご説明します。
 精神疾患を理由とした労災申請は,それだけで一大テーマになりますので,また別の機会に複数回かけてお話しいたします。

 さて,普通は労災が認定されれば,従業員には「医療の現物給付」「完治までの休業補償」等が支給されます。これら労災給付によって,業務上怪我をした従業員は生活に必要な補償を受けながらケガの治療に専念できるわけです。しかしながら,労災給付はあくまで,治療や当面の生活保障を目的としたものですので,「慰謝料」は含まれません。また,
「治療中にもらえるはずだった給料相当額(休業損害)」「後遺症が残った場合の将来の収入減少額(逸失利益)」等は,一応対応する支給項目があるものの十分な額が支給されるとは限りません(というか,不足するのが通常です)。
 これらのように,労災給付では賄われない損害費目についても賠償させるために,従業員が会社に対して損害賠償請求をしてくることがあるのです。

 「労災で損害賠償請求?でも,別にうちの会社の管理体制に落ち度はないし,仮に損害賠償請求されたって大丈夫だろう」「大事故を起こしたバス会社とかと違って,うちはちゃんと休憩を取らせて仕事をさせているし,問題ないなあ。」とお考えの社長も多いと思いますが,会社が従業員のために配慮する義務というのは予想以上に広いのです。そもそも,法律上要求されている安全対策自体,以下のリンク先のように途方もなく多く・・・
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S47/S47F04101000032.html
(途中でスクロールをあきらめるほどのボリューム・・・)
いざ労災を理由とした損害賠償請求が裁判所に持ち込まれると,会社の落ち度・責任自体は肯定されてしまうことがほとんどです。会社に落ち度・責任がない,とされるのはそれこそ「会社が危険な作業はやめろと何度も言ったのに,従業員が構わず危険な作業に突っ込んでいった」という極端なケースくらいです。

 実際,谷田が過去に担当した「労災から始まる損害賠償請求事件」の中には「滑りやすいわけでもない普通の工場内で作業中,従業員がしりもちをついた」という,会社がどう配慮しても回避できない事故についてまで会社に義務違反があったとされたものがありました。結局,労災が発生してしまったら最後,後付けでいくらでも会社に責任を問うことができてしまうという感じがします。

 谷田は以前のコラム中小企業と顧問弁護士で「会社と従業員の関係が最近ギスギスしている」ということを書きましたが,この「安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求」はこの「ギスギス化」の最たるものです。
 とはいえ,裁判所のこういった傾向に恨み言を言っても始まりません。会社としては,「労災の発生自体を回避する工夫」「労災が発生したときに,損害を可能な限り抑える工夫」を考える必要があります。
 今後は,こういった工夫についてご説明しようと思います。
(とはいえ,しばらくはマイナンバー制度の解説にコラムを割くことになりそうですので,労災損害賠償の予防策はもう少し後になりそうです・・・)